第24回日本臨床工学技士会 「震災復興支援 防災学習ツワー<石巻コース>」参加報告(その2)

<講義編>

3月11日14時46分東日本大震災発生後の14時50分に、災害対策本部が石巻赤十字病院に設置された。

さらに15時43分トリアージの設置完了。災害レベルは最高の「3」を宣言。

地震発生後から災害対策本部設置等が「【日本赤十字社】石巻赤十字病院~東日本大震災 初動の記録~」

としてyoutubeで見ることができます。

日頃より派遣職員を含め病院全体でしっかり役割を決めた本格的な防災訓練をしているため、

震災時は指揮系統もはっきりしており大きな混乱もなく皆がスムーズに動けたとのことでした。

い1い2

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▲石巻赤十字病院は急性期の災害拠点病院としての責務から、

震災前の2006年に海岸付近から現在の内陸部に移転していたため津波の被害を免れた。

い4

▲実際、震災時は石巻市内の病院のほとんどが地震及び津波により深刻な被害を受け、病院機能が失われた。

その中でも、石巻市立雄勝病院は津波の直撃を受けて医療従事者のほとんどおよび患者全員が死亡または行方不明となった。

石巻赤十字病院は災害拠点病院としての使命と真価を発揮する立場に立たされた。

い5い6い7▲免震構造によりMEセンターも院内全てにおいて医療機器の破損等はひとつもなかった。

い8い9い10い11▲熊谷技士も家族全員と連絡が取れるまで5日かかった。

そんな状況の中スタッフは、自らが被災しながらも仕事をしていたと思うと。。。

い13い14い15▲震災当日は99人の患者が、3日目に1200人に膨れ上がった。

この「3日目」が、72時間の壁(災害人命救助に関する用語:

これを境に救命率が激減するという)とも関係するのか。。。。

い16い17い19▲震災時は降雪と津波の被害から、内因性疾患・低体温症の患者が目立ち、

クラッシュシ症候群などは少なかった。

い20い21▲1日に1200人の患者を受け入れるためにトリアージによる色分けエリアへの搬送が整然と行われた。

い22い23▲石巻圏6透析施設が参加し石巻圏透析災害対策本部を唯一被災を免れた石巻赤十字病院に設置した。

毎朝、顔を合わせたミーティングし即断即決即行動で!

い24い25い26▲震災翌日の3月12日は27時まで5クールで120名の透析患者を受け入れている。。。

い27い28い29い30▲食事は、基本的に入院患者、病院職員のみへの提供だった(外来患者には提供せず)

い31い32▲熊本赤十字病院よりシャワーブースが貸し出されて2週間ぶりにシャワーを浴びることが出来た。

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い33▲全国から寄せられる支援物資や業務支援にとても助けられ、ありがたかった。

い35▲震災から2年後の2013年10月には約720名が参加し大規模災害対策実施訓練が行われた。

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震災から3年立ち復興も進みましたが、まだまだ震災の爪痕が残っています。

テレビ等の映像で見る機会はあったと思いますが、実際目で見て感じてほしい、という思いが震災で被害を受けた人たちにはあるとのことでした。

夜は、仙台名物の牛たんと宮城県の海の幸を満喫してきました。

充実した一日になりました。

い38い39

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